現代、近代とは、西洋そのものである。つまり、近代化イコール西洋化だと言える。私達の周りは全て「洋」と言うものに包まれているのだ。しかし、日本・ヨーロッパ・カナダ・アメリカ・南アフリカ・・・・・・の国々は確かに独特の文化を持っていると言えよう。では何が「洋」なのか。それは、衣服であり知識である。感覚も、欲望も全てが「洋」と言うものに染められているのである。
便利・快適であるからそちらへ行ったのだろうか。と言えば、そうも言い切れないところがあるし、戦争や植民地化も全ての説明にならない。
そのような現象を、マックス・ウェーバーは「ヨーロッパ文化というものには普遍性がある。」と捉えたのである。
はじめに
人物像
マックス・ウェーバーは、父は政治家、母は上流階級出身の敬虔なプロテスタントの裕福な家庭に長男として生まれる。父は責任倫理(目的合理性)を重んじ、母は心情倫理(価値合理性)を第一とした家庭で育ったのである。つまり、父親には「黒いことをしても結果が全てだ。」と育てられ、母親からは「結果はどうあれ過程・目的が大切ですよ。」と育てられた。
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初期ウェーバーの思想
ウェーバーは近代化をポジティブなものと捉え、前近代的なユンカーのようなものではなく、新しいものとした。そのモデルはもちろんイギリスやフランスの産業革命であった。また、人間の質を自由と独立と捉え、政治が大切であり経済を学ぶべきだとした。さらに、社会科学の客観性とは、自覚してとらわれない「価値自由」。自分の価値観を自覚した上で自由であるとした。
プロテスタンティズムの倫理
資本主義は、非常に規則的活合理的に繰り返されるもので。精神は霊や魂と表される。また、戦争と資本主義はセットになっており切り離せないものだが、ウェーバーはあえて区別をした。本来、「資本主義」すなわち経済の制度は「目的合理的」であり、「精神」すなわち人間の質は価値合理的なものであるとされていた。これは伝統を重んじるプロテスタントたちは資本主義とは離れた存在であり、政治家や資本家などだけが資本主義というものと関係が深いように思われる原因でもあった。
ウェーバーは、そのような社会を「信仰と社会階層」と言う視点で統計を用いて、それまでの偏見(常識)と事実のギャップから導き出すのである。
まず、ウェーバーは資本家・経営者・ホワイトカラー・上級公務員・熟練労働者等の宗教を丹念に調べプロテスタントが最も多いことを確認した。
次に、プロテスタント信者は上昇志向が強く地位を上げたい、カトリック信者は毎日を楽しく過ごしたい。と思い働いていることを調査して発見した。
さらに、カトリックは親方職人をめざし、子供に普通科の高等学校を出させようとし、プロテスタントは工場の熟練労働者や工業の幹部にさせるべく、子供に実業高等学校を出させようとすると言う事実を発見した。
それらの三点から、ドイツ市民はカトリックとプロテスタントのどちらかの宗教であるかと言う時点で、すでに職業の選択をどちらにするか決めている事を発見し、さらに、金を不浄の物とし、伝統的・禁欲的でいたプロテスタントの方がカトリックよりもむしろ資本主義という社会にフィットしていることを発見したのであった。
以上のことから、禁欲的・信仰的・非世俗的であることと、資本主義的な世俗の中で経済活動にかかわることは矛盾するものではなく、内面的に親和関係にあると考えるべきなのではないかとウェーバーは考えた。
ウェーバーは、そのような社会を「信仰と社会階層」と言う視点で統計を用いて、それまでの偏見(常識)と事実のギャップから導き出すのである。
まず、ウェーバーは資本家・経営者・ホワイトカラー・上級公務員・熟練労働者等の宗教を丹念に調べプロテスタントが最も多いことを確認した。
次に、プロテスタント信者は上昇志向が強く地位を上げたい、カトリック信者は毎日を楽しく過ごしたい。と思い働いていることを調査して発見した。
さらに、カトリックは親方職人をめざし、子供に普通科の高等学校を出させようとし、プロテスタントは工場の熟練労働者や工業の幹部にさせるべく、子供に実業高等学校を出させようとすると言う事実を発見した。
それらの三点から、ドイツ市民はカトリックとプロテスタントのどちらかの宗教であるかと言う時点で、すでに職業の選択をどちらにするか決めている事を発見し、さらに、金を不浄の物とし、伝統的・禁欲的でいたプロテスタントの方がカトリックよりもむしろ資本主義という社会にフィットしていることを発見したのであった。
以上のことから、禁欲的・信仰的・非世俗的であることと、資本主義的な世俗の中で経済活動にかかわることは矛盾するものではなく、内面的に親和関係にあると考えるべきなのではないかとウェーバーは考えた。
資本主義の精神
ウェーバーは資本主義をベンジャミン・フランクリンと言う成功者の中に見ることが出来るとした。そして、フランクリンの以下の言葉、『・時間は貨幣だということを忘れてはならない。・信用は貨幣だということを忘れてはいけない。・貨幣は繁殖し子供を生むものだということを忘れてはならない。・時間を守り法に違わぬことほど、青年が世の中で成功するために役立つものはない。・早起きしてちゃんと働け。・長きにわたって支出も収入も正確に記帳しておくのがよい。 ・君の思慮深さと正直が人々に知られているとすれば、年々6ポンドの貨幣を100ポンドにも働かせることができるのだ。』から、金をもうければよいと言う目的合理性よりも、金は善い生き方をしていないとついてこないとしたフランクリンのような価値合理性も合理的であるという点では何も違いはなく、それが資本主義であると考えた。その資本主義の根本には、「金は消費するものではなくて再投資するものである」と言うような考え方があった。
しかし一方で、やはり『宗教と経済=あの世・彼岸とこの世・此岸=価値合理・目的合理』のような関係を容易に結びつけることは難しい。ウェーバーはそのような結びつきを「宗教改革の精神がポイントではないか。」として宗教改革に目を向けたのであった。
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しかし一方で、やはり『宗教と経済=あの世・彼岸とこの世・此岸=価値合理・目的合理』のような関係を容易に結びつけることは難しい。ウェーバーはそのような結びつきを「宗教改革の精神がポイントではないか。」として宗教改革に目を向けたのであった。
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宗教改革
プロテスタンティズムは宗教改革によって生まれたものである。以前のキリスト教のシステムはローマ法王をトップとする巨大なピラミッド型のそれであった。そして余りにも巨大で完成させられた縦社会であった。ローマ法王は国王よりも強大な存在とまでなってしい、もはや下層聖職者や一般市民には神のような存在として認識されていたのである。そして、本来のあるべき姿である「聖職」が腐敗しきっていたのであった。まさに、金が全てであったのだ。(カトリックが金に寛容なのもここに原因があるのかもしれない。)
そこでマルティン・ルターは腐敗したキリスト教を聖書のドイツ語訳を通して内部改革を進めようとしたのである。何故そこに価値があるかというと、それ以前の聖書はヘブライ語やギリシャ語・ラテン語などで書かれており聖職者や教養者のみが扱うことの出来たものだったがルターはそれを万人に解放したのである。
そして、それは聖職者であっても一般市民であっても神との距離は等しいと言う考えを生みローマカトリックの巨大なピラミッドの礎を破壊してゆくのであった。
誰であっても神からの距離は等しいのであると言う点から、ルターは職業に貴賎はないとし、与えられた職業は天職でありそれを精一杯こなすことが善いのだとした。ルターの頭には市民に職業の選択の自由はなかったのである。そのようにして、プロテスタンティズムの芽は、ここに生まれたのである。
また、カルヴァンもルターと同じく宗教改革に携わった一人である。カルヴァンは結論としてはルターと同じであったが捕らえがルターとは異なった。ルターは「神と万人の距離は等しい」と説いたが、カルヴァンは「そうではなく差はあったとしても神が無限に遠い存在であるのならその距離がどうであっても同じことである。」と考えたのである。
カルヴァンは、万人は生まれながらにすでに運命は決まっており変更不可能であるとし、神を絶対・超越・唯一であるとして、一切を不可知であるとした。
その点から見ると、ルターは救いの宗教であったのに対し、カルヴァンは不安の宗教であったと言える。
そこでマルティン・ルターは腐敗したキリスト教を聖書のドイツ語訳を通して内部改革を進めようとしたのである。何故そこに価値があるかというと、それ以前の聖書はヘブライ語やギリシャ語・ラテン語などで書かれており聖職者や教養者のみが扱うことの出来たものだったがルターはそれを万人に解放したのである。
そして、それは聖職者であっても一般市民であっても神との距離は等しいと言う考えを生みローマカトリックの巨大なピラミッドの礎を破壊してゆくのであった。
誰であっても神からの距離は等しいのであると言う点から、ルターは職業に貴賎はないとし、与えられた職業は天職でありそれを精一杯こなすことが善いのだとした。ルターの頭には市民に職業の選択の自由はなかったのである。そのようにして、プロテスタンティズムの芽は、ここに生まれたのである。
また、カルヴァンもルターと同じく宗教改革に携わった一人である。カルヴァンは結論としてはルターと同じであったが捕らえがルターとは異なった。ルターは「神と万人の距離は等しい」と説いたが、カルヴァンは「そうではなく差はあったとしても神が無限に遠い存在であるのならその距離がどうであっても同じことである。」と考えたのである。
カルヴァンは、万人は生まれながらにすでに運命は決まっており変更不可能であるとし、神を絶対・超越・唯一であるとして、一切を不可知であるとした。
その点から見ると、ルターは救いの宗教であったのに対し、カルヴァンは不安の宗教であったと言える。
マックス・ウェーバー年譜
1864年 プロイセン王国エルフルトにて、父は政治家、母は上流階級出身の敬虔なプロテスタントの裕福な家庭に長男として生まれる。
1882年 ハイデルベルク、ベルリン大学等で法律学、経済史などを学ぶ。
1889年 「中世商事会社史」で博士の学位を取得、テオドール・モムゼンより「わが子よ、汝我にかわりてこの槍を持て」という祝辞を送られる。
1892年 ベルリン大学の私講師となり、ローマ法と商法を講義。
1893年 マリアンネと結婚。
1894年 30歳の若さでフライブルク大学の経済学正教授として招聘される。
1895年 フライブルク大学での教授就任講演「国民国家と経済政策」で賛否両論の大きな反響を引き起こす。
1896年 ハイデルベルク大学に招聘される。
1898年 実父との確執から神経を病み、大学を休職しサナトリウムで静養。
1903年 病気のためハイデルベルク大学の教職を辞して名誉教授となる。
1904年 ようやく病気から癒え、新たな学問活動を再開。「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」を発表。セントルイスの万国博覧会の際に開かれた学術会議への出席のためアメリカに旅行し、そのついでにアメリカのプロテスタント諸派を調査。ヴェルナー・ゾンバルトと共に、「社会科学・社会政策雑誌」(Archiv für Sozialwissenschaft und Sozialpolitik)の編集に従事し始める。
1905年 第一次ロシア革命に際し、ロシア語を習得。
1906年 ネッカー川の畔の家に移り、知的サークルの中心的存在として、エルンスト・トレルチやカール・ヤスパースらと交わる。
1910年 「経済と社会」に含まれる諸論文の執筆を開始。
1911年 「世界宗教の経済倫理」の執筆を開始。
1914年 第一次世界大戦勃発。活発に政治的発言を行うのと同時に、野戦病院に勤務し奉仕活動を行う。
1916年 「儒教と道教」「ヒンドゥー教と仏教」を発表。
1917年 「古代ユダヤ教」を発表。
1918年 ウィーン大学に招聘される。
1919年 ミュンヘン大学に招聘され、そこで「職業としての学問」「職業としての政治」を講演。
1920年 ミュンヘンで肺炎のため死去。享年56。
※年譜はウィキペディアより
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